尊厳死と安楽死に明確な区別はない
尊厳死も安楽死も、法律上の定義はなく(=法整備がされていない)、また、時代や国によって使い方もに違いもあるため、区別を明確にすることはできません。
ただ、現在の日本で尊厳死と安楽死を定義するならば、概ね以下のようになります。
・尊厳死
不治かつ末期の状態になったとき、延命のための措置はとらず、自然死に至るに任せる
いわば、死すべきときに死すに任せ、余計な治療でそれを先延ばしにするようなことはしないことを尊厳死ということができます。
・安楽死
苦痛の緩和のために、人為的に死期を早める
苦しい、楽にしてくれという患者の意思を汲んで、例えば筋弛緩剤などを投与する。身も蓋もない言い方をすれば、楽にするために殺してやるのが安楽死ということができます。介錯がイメージとしては安楽死に近いかもしれません。国や時代によっては、これを尊厳死ということもあります。
両者の根本的な違いは、死期が近づき、そのまま死に至るにせよ、安楽死は殺害行為を伴い、尊厳死はそのような行為を伴わないという点にあります。
尊厳死は不作為、安楽死は作為という区別をすることもできます。
このため、尊厳死は自然死への過程であるとして一定の要件で認められる(ここで認められるというのは、本人の意思が通るという点の他、医師の責任も問われないという点も含まれます)のに対し、安楽死は基本的に認められません。
尊厳死を法律上認めている国でも、安楽死は認めていないことが多いです。
安楽死によらずとも苦痛の除去は可能
もっとも、安楽死も判例上一定の厳格な要件の下で認められるとされています。
下級裁判決(名古屋高裁)ですが、以下の要件を充たすときは、違法性が阻却され、犯罪にならないとするものがあります。
① 不治の病に冒され死期が目前に迫っていること
② 苦痛が見るに忍びない程度に甚だしいこと
③ 専ら死苦の緩和の目的でなされたこと
④ 病者の意識がなお明瞭であって意思を表明できる場合には、本人の真摯な嘱託又は承諾のあること
⑤ 原則として医師の手によるべきだが医師により得ないと首肯するに足る特別の事情の認められること
⑥ 方法が倫理的にも妥当なものであること
非常に厳格な要件です。
実際、この判例が出た事件では、上の要件を満たさないとして安楽死を実行した医師に有罪判決が出ています。
ただ、苦痛の除去が目的であるならば、そもそも安楽死に寄らずに苦痛の除去ができるのであれば、安楽死の必要がなくなります。
上の判例についても、②③⑤⑥の要件はそもそも不要となります。
②③⑤⑥を抜くと、①死期が近づいたときの手段であること、④本人の明確な意思があることが必要な点では尊厳死と同じです。
現在の医学では、病気による痛みは取り除くことができます。少なくとも、痛みの代表格となっているガンは、苦痛の除去が可能となっています。
そのため、苦痛の除去のために安楽死という手段をとる必要はありません。
痛みがあるときは、その除去のための手段を医師に依頼し、かつ、延命措置は望まない旨を明示しておくことで、本人の望む最後の日々を送ることが出来ます。
尊厳死宣言書、リビングウィルでは、この苦痛除去も含めた、延命措置拒否の宣言を行うことができます。
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