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配偶者の死後も家に住み続けるには
民法の改正により、昨年、令和2年4月より配偶者居住権の制度が始まり、もうそろそろ1年になります。
最近はインターネットで色々情報を集める方も多く、この配偶者居住権のこともご存じの方も多いかと思います。
ただ、「今後は夫が亡くなった後も妻が引き続き家に住み続けられるようになりました」という概要だけ聞くと、相続が開始すると同時に妻にー何もしなくともー配偶者居住権が発生し、建物が第三者の手に渡ったような場合でも住み続けられるのだと思い込んでしまうことも、ままあります。
しかも、この意味で妻が家に住み続けられる権利、配偶者短期居住権というものもあるので余計誤解しやすくもあります。
本記事では、便宜、配偶者短期居住権を配偶者短期居住権、配偶者居住権を配偶者(長期)居住権と表記します。
制度発足時、少なくない司法書士が「これ、まず間違いなく誤解する相続人が出てくる」と懸念していましたが、1年ほど経とうとする現在もやはり誤解されている方がしばしば見受けられます。
法改正後の取り扱いを端的に述べるなら、「相続開始後、配偶者は一定期間は従来住んでいた家に住めるが(配偶者短期居住権)、その後も住み続けられるには、自身が建物を相続するか、でなければ一定の手続を経て配偶者(長期)居住権を取得する必要がある」と言うことができます。
具体的に配偶者が家に住み続けられる方法は複数挙げることができます。ただ、細かな場合分けをすると却って混乱すると思いますので、ある程度簡略化してお話ししたいと思います。
配偶者が従来住んでいた家に引き続き住み続けられるには
設例
夫A郎、妻B子、子C太。
A郎所有名義の土地建物にA郎とB子が長年住んでいた。
A郎が死亡し、B子とC太が相続人となった。
長年住み慣れた家に引き続き住み続けたいと希望する方は当然多いですし、特にB子が高齢であるような場合、別の家に引っ越すというのは体力的・精神的に負担になる上、最悪、急に環境が変わることで認知症発症の契機となることもあります。
そこで、B子が引き続き家に住み続けられる方法としては以下のようなものがあります。
B子が家を相続する
当然ですが、遺産分割協議によりB子が家を相続することとすれば家はB子の所有になりますので、B子は引き続き家に住み続けることができます。
そのための手続は一般的な相続登記となります。
参考記事
C太が家を相続してB子が居住権を取得する
家にはB子が住み続けるにしても、将来的にはC太が家を相続する予定であれば、今回B子の相続登記を行い、更に将来C太の相続登記を行うのは登記費用も手続の負担も2重にかかることになります。
そこで、A郎の相続の時点でC太が土地建物を相続し、B子は引き続き家に住み続けられるようにするならば費用や負担を軽減させることができます。
従来からも判例上、このような配偶者の居住の権利は一定限度で認められてはいましたが、今回の法改正はこの権利を明文化したものといえます。
一定期間はそのまま居住できる
まず、相続開始から6ヶ月間、または遺産分割協議成立の日のいずれか遅い日までは、B子は引き続き家に住むことができます。
これが配偶者短期居住権です。
設例でC太がB子が引き続き家に住むことを承認しているのであれば問題はありませんが、難色を示しているような場合、B子はC太に自己の居住権を主張することができます。
更に居住を続けるのであれば遺産分割協議等が必要
上記のように配偶者短期居住権の期間内は特段の手続なくB子は家に住むことができますが、「短期居住権」の名の通り、短期間でこの権利は消滅します。
権利消滅後も住み続けたいのであれば改めて配偶者(長期)居住権を取得する必要があります。
ここがややこしく、誤解を招きやすい部分です。
B子が改めて配偶者(長期)居住権を取得するには以下の方法があります。
遺産分割協議
まず、B子とC太の間でB子に配偶者(長期)居住権を取得させる旨の遺産分割協議を行う方法があります。
後に配偶者(長期)居住権設定の登記にも必要となりますので、協議が成立したら遺産分割協議書を作成します。
記載例
協議書の記載方法についてはケースごとに変わりますが、以下のような記載が考えられます。
相続人 甲野B子は、相続開始時に居住していた下記の不動産につき配偶者居住権を取得する。相続人 甲野C太は以下の不動産につき所有権を取得する。
(1) 土地
所 在 〇〇市□□一丁目
地 番 2番地3
地 目 宅地
地 積 〇〇.〇〇平方メートル
(2) 建 物
所 在 〇〇市□□一丁目2番地3
地 番 2番3
種 類 居宅
構 造 木造〇〇2階建
床 面 積 1階 〇〇.〇〇平方メートル
2階 〇〇.〇〇平方メートル
※ 便宜上、建物と敷地たる土地を記載していますが、B子が権利を取得できるのは建物のみです。
遺言
A郎の生前にB子に配偶者(長期)居住権を遺贈する旨の遺言書を作成しておく方法もあります。
この場合、配偶者(長期)居住権について遺産分割協議をし協議書を作成する必要はなくなります(土地建物の帰属を決するために協議自体は必要です)。
ただ、このような遺言がなされるのは、B子とC太の仲が良くないのを懸念してという場合が考えられます。
このような場合、遺言によりB子が配偶者(長期)居住権を取得しても後述する登記をするには結局C太の協力が必要となるところ、C太がこれに応じない可能性があります。
そのような場合でも判決により登記をすることも可能ですが、A郎の生前に死因贈与の仮登記をしておく等の方法も検討対象となります。
配偶者(長期)居住権を取得したら登記を
晴れてB子が配偶者(長期)居住権を取得したら、その旨の登記を法務局へ申請します。
この登記をしておかないと、万一C太が建物を第三者へ売却してしまったような場合、結局B子は建物を出ていかなければならなくなります。
遺産分割協議が成立したら、速やかに相続登記と配偶者(長期)居住権の設定登記の2つの登記を行います。実際は2つの申請書セットを作成し、その2つをまとめて法務局へ提出します。
設例では、まずC太に土地建物の名義を変更する相続登記申請書類を作成します。
再度、参考記事を掲載します。
配偶者(長期)居住権設定登記申請
1件目の相続登記申請書類が完成したら、引き続き2件目の配偶者(長期)居住権設定登記の申請書類を作成します。
申請書記載例
登記の目的 配偶者居住権設定
原因 令和〇年〇月〇日 遺産分割(協議成立日)/遺贈(A郎の死亡日)
存続期間 配偶者居住権者の死亡時まで
権利者 住所 △△県〇〇市□□一丁目2番地3 甲野B子
義務者 住所 △△県〇〇市□□二丁目3番地4 甲野C太
添付書類
登記原因証明情報(遺産分割協議書、遺言書等)
登記識別情報(または登記済権利証) ※
印鑑証明書(C太のもの)
令和〇年〇月〇日申請 〇〇法務局
課税価格 金〇〇万円
登録免許税 金〇万円(評価額×2/1000)
不動産の表示
所 在 〇〇市□□一丁目2番地3
地 番 2番3
種 類 居宅
構 造 木造〇〇2階建
床 面 積 1階 〇〇.〇〇平方メートル
2階 〇〇.〇〇平方メートル
※ 権利証が見つからなかった場合は事前通知の方法をとることで登記申請は可能です。
ちょっとしたことですが、相続登記申請書の右上に1/2、配偶者(長期)居住権設定登記申請書の右上に2/2と鉛筆で記載しておくと良いです。
2セットの申請書類が出来上がったら間違いがない確認し(間違いがあると平日の日中に法務局へ行かなければならなくなる場合があります)、法務局へ提出します。郵送も可です。
登記が無事完了したら、土地建物の登記事項証明書(全部事項証明書。謄本)を取得します。
既に相続登記をしてしまっている場合
上記は相続が発生した段階で相続登記と配偶者(長期)居住権の設定登記を行うことを想定したものですが、仮に既にC太名義とする相続登記が完了してしまっている場合でも改めて配偶者(長期)居住権の設定登記を行うことは可能です。
この場合は改めて配偶者(長期)居住権についてB子に取得させる旨の遺産分割協議書を作成し、これを添付して法務局に登記申請を行うこととなります。